太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。

     インドと館長


ここには館長がものしたインドに関するあらゆる分野に渡る情報をクロノジカルに載せてあります。  

   
館長からのメッセージ  :リンク先に画像あり    :PDF ファイルあり
インドをどう理解するか 経営センサー2009No.109掲載 2009/4/30
2009年の御挨拶 2009/1/1
2008年、年頭所感   2008/1/1
貨物新幹線  昨日大使館で開かれたの三木会での増沢さんの報告をここに掲載します    
さよならインド  館長から皆に送ったメールです・・  2007/6/22
酷暑を乗り切る技  在印20年以上の経験から・・・  2007/6/8
貨物新幹線構想について 貨物新幹線構想についての日程を追加 2007/4/2
天竺再来   そのとき日本は 2007/2/23
インドと日本のIT    どうもしっくり行って無いようで・・ 2006/11/16
今、日印関係に望まれるもの    視点を少し上げて考える時期であろうと館長は思うのだが・・ 2006/11/16
麻生太郎外務大臣の留任 最初に訪問したい国はインド・・・ 2006/9/26
心理的距離感 インドと日本は準同盟国の関係   2006/7/20
日印修交55周年のプロジェクトを提案する 少しはインドへお返ししよう 2006/6/7
IMPEDIMENTS TO INVESTMENT インドへの投資が行われないことに対するインド側への指摘 2002/4
日印修交50周年記念、共同事業提案
Dream Joint Venture 夢のジョイントベンチャー提案10件
上記の英語版 2002/5/16
2000/9/2
21世紀のインド進出日本企業 あるべき姿についての私的な夢 2002/4
New Indo Japan Relation 日印関係の新局面への期待 2001/8/31
21世紀のアッサム州の産業について アッサム州への提言 2001/1
日本学生会議の皆様へ 第一回目の会議から関心を持ちつづけるサポーターの老婆心である  2000/11/8
政府派遣ミッションに期待する 森総理訪印後の政府派遣ミッションの役目についての提言 2000/9/29
2000年政府派遣ミッションに際して 上記ミッションが来たときの発言 2000/9
森総理のインド訪問 その後に期待する 2000/8/30
Some hints to do joint business Japanese companies インド側への日本紹介と将来についてのヒント 2000/1
 
館長のインド論
信教の自由 インドは多様性の国です・・ 2008/7/31
館長のインド論   何でも上手く行かないことをインドの所為にしてませんか・ 2006/11/21
インド人と沐浴 インド人はお洒落で清潔?  2006/9/8
インド人は牛肉を食べない神話 インドは多様性の世界です・・  2006/6/1
ブランド志向もある インドを考えるヒント  2006/5/29
インドの変化 インドは変化の過渡期に  2006/5/15
地震は大丈夫? インドを考えるヒント  2006/5/2
花屋が住宅街に インドを考えるヒント  2006/5/2
インド人の分類 その2 ベジタリアンとノンベジタリアン   Add 2006/6/28
ソニア・ガンディーの議員辞職 その政治的決断の早さ  2006/3/24
3人の発言 インドを考えるヒント   Add 2006/7/21
インドとアメリカ インドを考えるヒント  2006/3/10
インドの宗教について ヒンドュー教、回教、キリスト教、仏教の同居  2006/4/30
政権交代はあっても政治はきわめて安定 インドを考えるヒント 2006/4/29
インド人の分類 その1 命令する人とされる人 2006/4/28
日本の対印投資の問題点 対印投資の問題点のキーワード 2006/1
インド経済発展の背景 館長にしては珍しいインド経済総論である 2005/1
インド人と商売をするには インドとの商売のやり方を館長特有の捕らえ方で説く 2003/8
交渉はうんざりだが、本音で付き合うと…… 館長の心を揺さぶった話 2003/5
インドのイメージが変わった 古いインドはさよなら 2002/12
インド進出日本企業の実態とインドの将来性 実例を踏まえた経済総論 2002/11/27
インド経済の現状と展望 インド経済総論 2002/9/4
私のインド7不思議 インドは不思議な国である 2002
Psychological Distance 山内利夫さんの労作をベースに日印間にわだかまる心理的距離について比較したもの 2002/3
日印関係の新黎明期 新しい関係を作ろう 2001/11/7
新しい日印関係 新しい関係が必要である 2001/8/31
米国IT産業のかげりの影響 インドのIT産業の強さ 2001/5/15
中国製品のインド進出 中国とインドはどんな関係にあるのだろうか 2001/1/2
ソニー・ホンダのもの作り インドでのもの作りの話 2000/11/8
Sony and Honda started to produce their goods in India 上記の英語版(現地の雑誌に投稿したもの) 2000/11/8
ライセンスラジからマーケティングラジへ これを読めばインドがわかる商機 2000/2/10
 
インド情報
帰国に際しての手続き   2009/8/29
地下鉄工事の事故   2009/8/28
ニムラナ工業団地の近況   2009/8/19
ニームラナの共同エネルギーセンター 日経の夕刊のトップの記事となりました・・ 2009/8/10
その後のタタのNANO   2009/6/26
グルガオンのオフィスビル ガラス張りの近代的なビルが立ち始めている・・ 2009/6/2
インドの最低賃金   2009/5/1
インドの産児制限   2009/3/9
ガソリン・スタンドでの燃料価格   2009/3/9
偽札にご用心 掴まされたら泣き寝入り 2009/3/9
KAIZEN と 5S   2009/2/10
ニームラナ日本工業団地   2009/2/4
二輪好調   2009/2/3
インドの水   2009/1/21
サダール・バザール(Sadar Bazaar)のプラスティック原料屋 サダール・バザールはインド最大の問屋街! 2008/12/30
ニームラナ工業団地2008年11月 進出企業の現状です・・ 2008/11/28
ハローウィンに寄せて キリスト教の行事はは楽しみに・・ 2008/11/1
2008年10月恐慌に対するインドの金持ちの反応   2008/10/27
タタのワンラックカー工場はグジャラト州へ  ウエスト・ベンガル州が失ったものは小さくない 2008/10/8
テロ情報 度し難いテロ、悪いのはテロリストであることを忘れてはならない・・ 2008/7/31
ラジャスタン州の人事異動   2008/7/9
2008年デリーのモンスーン入り 今年は5月15日がモンスーン入りと発表された。 2008/6/18
バス停 英連邦競技大会2010年を前にして 2008/3/9
2008/3/20
最寄りの警察   2008/2/29
銃器携行について   2008/1/31
インドの宗教別人口 回教徒が13.4%を占めている・・  2007/12/28
ラジャスタン州の覚醒 まさに変貌を遂げようとしている可能性の州  2007/12/4
ラジャスタン州のフォーク芸 芸術性はさておき、そのバラエティに驚く・・  2007/12/4
ラジャスタン州ニームラナの登記所 権威よりも暖かさを感じる・・   2007/11/27
ニームラナへの日系進出企業 現在進出を決めたのは12社である・・   2007/11/24
インド式ボーリング(土質調査) 原理に沿っての調査である   2007/11/21
デワリ 人はインド3大祭りの一つと言うが、ホリー祭ともう一つは何であろうか?   2007/11/12
グルガオンの日本人向けの施設 楽しみにしている人達がいる・・  2007/11/7
ラジャスタン州の投資促進スキーム 税金などの優遇措置があります・・   2007/10/25
堂道大使赴任の遅れ イラン大使ですので、誘拐事件で遅れてます・・  2007/10/25
無線タクシー キロ15ルピーはそんなに高くない・・   2007/10/19
デリーの清掃 デリーの道が奇麗なのは・・   2007/10/16
メトロの進捗状況 日に日に工事が進んでます・・   2007/10/15
外人登録とPAN ワークパーミットはインドではいらない・・  2007/10/10
ニームラナ工業団地 今話題のラジャスタン州の工業団地です・・  2007/10/9
インド交通事情 日本の常識はインドの非常識・・  2007/10/6
ニューデリーの事務所不足 もう中心部にこだわらない覚悟をしてもよい時期では・・  2007/10/3
Ananda Gram芸術村のテラコッタ美術館 かわらけと笑うなかれ、その迫力たるや!!  2007/9/30
インドの食器 今は、相当のものがインド製で間に合う。  2007/9/30
シバ・オアシス 庭の植生が見事に手入れされている  2007/9/7
ニームラナフォートパレス 1度泊まる価値のある古城の遺跡のホテルである  2007/9/6
スワラジ・マツダ インドの技術でいまや独り立ち・・   2007/6/27
インドで寿司の出前 ニューデリーで寿司の出前が取れるのです・・  2007/6/25
マルチ・スズキ伝説 スズキの成功の裏には伝説が・・  2007/6/17
2009/5/15訂正
新たな専門家の派遣 道路建設の専門家が派遣された  2007/6/9
ニューデリーとグルガオンの住居の条件 住居を決める時の参考に・・・  2007/5/10
デリーメトロ 話の種に乗ってみました・・   Add 2007/5/8
森の都はニューデリー  ニューデリーの良さの一つはその植物の豊富さです。量と種類と・・・・ 2007/2/25
グルガオン  ハルヤナ州政府はシンガポールを目指すと言っているが、古いグルガオンもある・・ 2006/12/19
人食い豚    インドで気をつけなければならないのは野良犬だけでない 2006/12/4
行方不明者    インドへの入り口で躓くと・・     2006/11/17
タージマハルに面会する前に 面会前に色々フォーマリティーがあります・・  
世界遺産ですから、安全のためですから・・   2006/10/5
インドの人口 毎年ギリシャの一国分の人口が増えています・・ 2006/9/27
インドのミルク 原理原則で、世界一のミルク生産国   2006/9/8
コカコーラは安全かの議論の背景に インドの民主主義に期待する館長・・ 2006/9/5
グルガオンの風景 グルガオンは今までと違ったインドです・・   2006/8/12
Indian International Centre 天皇陛下が定礎行った会館です   2006/8/7
大和屋   ここで情報交換が出来るのが貴重である。  Add 2006/12/11
デリー日本人学校 誰もが自由にものを考えるために・・   2006/7/9
牛はどう撮っても牛である・・  Add 2008/11/11
ヨガマット ニューセレブの出現・・   2006/7/6
未来の遺跡 官庁街の威容   2006/6/29
パンジャブ街道を走る友好バス 時速90キロで走るボルボ  2006/6/3
バワル47.4度 気温47.4度、湿度27%であった 2006/5/27
ジャイプール街道 街道の名物の写真です・・ 2006/5/17
ペット 45度の炎天下、毛皮を羽織った犬は大変です・・ 2006/5/16
5月のデリーとその近郊 5月は象徴的な月である。  2006/5/16
ロハール ジプシーのいとこ達  2006/5/14
違法建築取り壊し テロのあとではありません・・  2006/5/9
SEZ Special Economic Zone:経済特区 2006/2/28
住宅は注文生産 施主のわがままとデザイナーの力量 2006/5/2
識字率6割なのに 字は読めなくとも胸を張って生きてる  2006/3/30
外人の拝観料 二重価格制度 2006/3/29
インドのスポーツ やはりクリケットです 2006/5/2
自動車のホーン ホーンを鳴らしても殺されません!! 2006/4/27
ゴティプアの連絡先と関連情報 オリッサ州の女装少年舞踊団を日本
につれてくるには   
台頭する大国インド アメリカはインドをどう見ているのであろうか 2004/4/10
ミネラル・ウオーター騒動 検査をしてみて、インド人は驚いた 2003/04/13
インドのIT産業の再評価 インドのITの実態をもう少し見直す必要があるのではなかろうか 2002/12/8
デリーの地下鉄 日印間の象徴的プロジェクトの実態は  2002/1/14
韓国企業のインド進出状況 国を挙げてインドへ進出している韓国の実態 2002/1
アメリカの同時多発テロ -インドの反応- インド人はユニークな考え方をする 2001/9/14
十四年連続良好モンスーン 雨さえ降ればインドは豊作です  2001/7/16
グジャラート大地震 グジャラト地震のときのインド政府の対応は 2001/3/1
インドにおける知的所有権 インドは努力してます 2000/10/4
面白情報 一読に値しますよ 2000/8/31
ニューデリーの治安状況について インドは治安の良い国です・・ 2000/2/23
 
館長のインドに淫するの記
カレーと認知症   2008/8/31
インド株式会社の誕生?   2008/8/19
インドは親日国 インド人に日本嫌いはいない?  
ピアオー 無料の水飲み場   
インドで道を聞くと なぜ何時でも教えてくれるのだろうか  
インドと私 インドとの関わりの出発点  
「インド天国」論者の出現 インドは良いとこかも  
一つの答えかも お墓は必要でしょうか  
第2次回帰現象 カレーは懐かしい味です  
私のために 村の森の木陰で踊ってくれた少年達  2009/6/8追加
日々是好 良い人たちがいる国です  
 
館長の会った人
宮原 巍さん 2009年9月再会     2009/10/5追加
宮原 巍さん 世界最高の夢のホテルを実現した山男・・  
アキオの一家 理想的な宇宙船地球号の乗員です・・いつの日かノーベル地球賞を!! 
長谷川時夫さん 永遠の青年にしては一寸頭が・・ 
馬場崎 研二さん ダラムサラの青と曼荼羅の青 
杉本 昭夫さん アキオ 
三浦 守さん 実行力の百貫デブ 
藤井 資也さん 町田のご隠居さん 
来訪者数:

    インドと館長

ここには館長がものしたインドに関するあらゆる分野に渡る情報をクロノジカルに載せてあります。  

  
館長からのメッセージ :リンク先に画像あり    PDF ファイルあり
インドをどう理解するか経営センサー2009No.109掲載2009/4/30
2009年の御挨拶2009/1/1
2008年、年頭所感 2008/1/1
貨物新幹線 昨日大使館で開かれたの三木会での増沢さんの報告をここに掲載します   
さよならインド 館長から皆に送ったメールです・・ 2007/6/22
酷暑を乗り切る技 在印20年以上の経験から・・・ 2007/6/8
貨物新幹線構想について貨物新幹線構想についての日程を追加2007/4/2
天竺再来  そのとき日本は2007/2/23
インドと日本のIT   どうもしっくり行って無いようで・・2006/11/16
今、日印関係に望まれるもの   視点を少し上げて考える時期であろうと館長は思うのだが・・2006/11/16
麻生太郎外務大臣の留任最初に訪問したい国はインド・・・2006/9/26
心理的距離感インドと日本は準同盟国の関係  2006/7/20
日印修交55周年のプロジェクトを提案する少しはインドへお返ししよう2006/6/7
IMPEDIMENTS TO INVESTMENTインドへの投資が行われないことに対するインド側への指摘2002/4
日印修交50周年記念、共同事業提案
Dream Joint Venture
夢のジョイントベンチャー提案10件
上記の英語版
2002/5/16
2000/9/2
21世紀のインド進出日本企業あるべき姿についての私的な夢2002/4
New Indo Japan Relation日印関係の新局面への期待2001/8/31
21世紀のアッサム州の産業についてアッサム州への提言2001/1
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2000年政府派遣ミッションに際して上記ミッションが来たときの発言2000/9
森総理のインド訪問その後に期待する2000/8/30
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ソニア・ガンディーの議員辞職その政治的決断の早さ 2006/3/24
3人の発言インドを考えるヒント  Add 2006/7/21
インドとアメリカインドを考えるヒント 2006/3/10
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政権交代はあっても政治はきわめて安定インドを考えるヒント2006/4/29
インド人の分類 その1命令する人とされる人2006/4/28
日本の対印投資の問題点対印投資の問題点のキーワード2006/1
インド経済発展の背景館長にしては珍しいインド経済総論である2005/1
インド人と商売をするにはインドとの商売のやり方を館長特有の捕らえ方で説く2003/8
交渉はうんざりだが、本音で付き合うと……館長の心を揺さぶった話2003/5
インドのイメージが変わった古いインドはさよなら2002/12
インド進出日本企業の実態とインドの将来性実例を踏まえた経済総論2002/11/27
インド経済の現状と展望インド経済総論2002/9/4
私のインド7不思議インドは不思議な国である2002
Psychological Distance山内利夫さんの労作をベースに日印間にわだかまる心理的距離について比較したもの2002/3
日印関係の新黎明期新しい関係を作ろう2001/11/7
新しい日印関係新しい関係が必要である2001/8/31
米国IT産業のかげりの影響インドのIT産業の強さ2001/5/15
中国製品のインド進出中国とインドはどんな関係にあるのだろうか2001/1/2
ソニー・ホンダのもの作りインドでのもの作りの話2000/11/8
Sony and Honda started to produce their goods in India上記の英語版(現地の雑誌に投稿したもの)2000/11/8
ライセンスラジからマーケティングラジへこれを読めばインドがわかる商機2000/2/10
 
帰国に際しての手続き 2009/8/29
地下鉄工事の事故 2009/8/28
ニムラナ工業団地の近況 2009/8/19
ニームラナの共同エネルギーセンター日経の夕刊のトップの記事となりました・・2009/8/10
その後のタタのNANO 2009/6/26
グルガオンのオフィスビルガラス張りの近代的なビルが立ち始めている・・2009/6/2
インドの最低賃金 2009/5/1
インドの産児制限 2009/3/9
ガソリン・スタンドでの燃料価格 2009/3/9
偽札にご用心掴まされたら泣き寝入り2009/3/9
KAIZEN と 5S 2009/2/10
ニームラナ日本工業団地 2009/2/4
二輪好調 2009/2/3
インドの水 2009/1/21
サダール・バザール(Sadar Bazaar)のプラスティック原料屋サダール・バザールはインド最大の問屋街!2008/12/30
ニームラナ工業団地2008年11月進出企業の現状です・・2008/11/28
ハローウィンに寄せてキリスト教の行事はは楽しみに・・2008/11/1
2008年10月恐慌に対するインドの金持ちの反応 2008/10/27
タタのワンラックカー工場はグジャラト州へ ウエスト・ベンガル州が失ったものは小さくない2008/10/8
テロ情報度し難いテロ、悪いのはテロリストであることを忘れてはならない・・2008/7/31
ラジャスタン州の人事異動 2008/7/9
2008年デリーのモンスーン入り今年は5月15日がモンスーン入りと発表された。2008/6/18
バス停英連邦競技大会2010年を前にして2008/3/9
2008/3/20
最寄りの警察 2008/2/29
銃器携行について 2008/1/31
インドの宗教別人口回教徒が13.4%を占めている・・ 2007/12/28
ラジャスタン州の覚醒まさに変貌を遂げようとしている可能性の州 2007/12/4
ラジャスタン州のフォーク芸芸術性はさておき、そのバラエティに驚く・・ 2007/12/4
ラジャスタン州ニームラナの登記所権威よりも暖かさを感じる・・  2007/11/27
ニームラナへの日系進出企業現在進出を決めたのは12社である・・  2007/11/24
インド式ボーリング(土質調査)原理に沿っての調査である  2007/11/21
デワリ人はインド3大祭りの一つと言うが、ホリー祭ともう一つは何であろうか?  2007/11/12
グルガオンの日本人向けの施設楽しみにしている人達がいる・・ 2007/11/7
ラジャスタン州の投資促進スキーム税金などの優遇措置があります・・  2007/10/25
堂道大使赴任の遅れイラン大使ですので、誘拐事件で遅れてます・・ 2007/10/25
無線タクシーキロ15ルピーはそんなに高くない・・  2007/10/19
デリーの清掃デリーの道が奇麗なのは・・  2007/10/16
メトロの進捗状況日に日に工事が進んでます・・  2007/10/15
外人登録とPANワークパーミットはインドではいらない・・ 2007/10/10
ニームラナ工業団地今話題のラジャスタン州の工業団地です・・ 2007/10/9
インド交通事情日本の常識はインドの非常識・・ 2007/10/6
ニューデリーの事務所不足もう中心部にこだわらない覚悟をしてもよい時期では・・ 2007/10/3
Ananda Gram芸術村のテラコッタ美術館かわらけと笑うなかれ、その迫力たるや!! 2007/9/30
インドの食器今は、相当のものがインド製で間に合う。 2007/9/30
シバ・オアシス庭の植生が見事に手入れされている 2007/9/7
ニームラナフォートパレス1度泊まる価値のある古城の遺跡のホテルである 2007/9/6
スワラジ・マツダインドの技術でいまや独り立ち・・  2007/6/27
インドで寿司の出前ニューデリーで寿司の出前が取れるのです・・ 2007/6/25
マルチ・スズキ伝説スズキの成功の裏には伝説が・・ 2007/6/17
2009/5/15訂正
新たな専門家の派遣道路建設の専門家が派遣された 2007/6/9
ニューデリーとグルガオンの住居の条件住居を決める時の参考に・・・ 2007/5/10
デリーメトロ話の種に乗ってみました・・  Add 2007/5/8
森の都はニューデリー ニューデリーの良さの一つはその植物の豊富さです。量と種類と・・・・2007/2/25
グルガオン ハルヤナ州政府はシンガポールを目指すと言っているが、古いグルガオンもある・・2006/12/19
人食い豚   インドで気をつけなければならないのは野良犬だけでない2006/12/4
行方不明者   インドへの入り口で躓くと・・    2006/11/17
タージマハルに面会する前に面会前に色々フォーマリティーがあります・・  
世界遺産ですから、安全のためですから・・  
2006/10/5
インドの人口毎年ギリシャの一国分の人口が増えています・・2006/9/27
インドのミルク原理原則で、世界一のミルク生産国  2006/9/8
コカコーラは安全かの議論の背景にインドの民主主義に期待する館長・・2006/9/5
グルガオンの風景グルガオンは今までと違ったインドです・・  2006/8/12
Indian International Centre天皇陛下が定礎行った会館です  2006/8/7
大和屋  ここで情報交換が出来るのが貴重である。 Add 2006/12/11
デリー日本人学校誰もが自由にものを考えるために・・  2006/7/9
牛はどう撮っても牛である・・ Add 2008/11/11
ヨガマットニューセレブの出現・・  2006/7/6
未来の遺跡官庁街の威容  2006/6/29
パンジャブ街道を走る友好バス時速90キロで走るボルボ 2006/6/3
バワル47.4度気温47.4度、湿度27%であった2006/5/27
ジャイプール街道街道の名物の写真です・・2006/5/17
ペット45度の炎天下、毛皮を羽織った犬は大変です・・2006/5/16
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ロハールジプシーのいとこ達 2006/5/14
違法建築取り壊しテロのあとではありません・・ 2006/5/9
SEZSpecial Economic Zone:経済特区2006/2/28
住宅は注文生産施主のわがままとデザイナーの力量2006/5/2
識字率6割なのに字は読めなくとも胸を張って生きてる 2006/3/30
外人の拝観料二重価格制度2006/3/29
インドのスポーツやはりクリケットです2006/5/2
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心理的距離

2002/3

インド日本
観察の難しさ

広い灰色の複雑さの中の曖昧さ
 

黒と白のあいまいさ

アジア観

インドは、日本が単にアジアと呼んでいる地域を「東アジア」と呼んでいます。

現代の風が西から東に吹くため、西洋の文化と技術はインド人によく知られ、高く評価されています。

インド人は、インドは地理的には東西の中間に位置しているが、文化的には「ユニーク」であると考えています。
 

日本の「アジア」の定義は非常に狭く、つまり「東アジア」内の領域のみです。
風下の日本は、インドではなじみがなく、理解するのが難しいと考えられています。

日本は、インドを日本の隣国から遠く、中国やASEAN諸国を超えて見ています。このように、インドは日本の観点からは遠隔国です。

考え方の特徴

異質性

(インド人は何か違うことをしたい)

多様性

多神教

世俗主義vs.ヒンドゥーナショナリズムvs.
(ヒンドゥー教は世俗的性格)

ほとんどのインド人に対する宗教の影響は、ヒンズー教徒、イスラム教徒、キリスト教徒を問わず、日常生活に影響を与えます。
多くの人々は、ヒンドゥー教の神や聖人にちなんで名付けられています。(イスラム教徒やキリスト教徒に似ています)

貧困に苦しむ人々に対する慈善活動に満ちています。


誕生によるコスモポリタン
 

均質性

(標準化に対する本質的な強い願望)

均一性

多神教の無関心

憲法上の世俗主義と神道

第二次世界大戦後、宗教はほとんどの日本人の日常生活に影響を与えません。神殿や神社に行くのは形式的なことです。
神の名前は、神にちなんで人々に名前を付けようとしない崇拝者にはあまりにも8月です。

貧困や災害を目の当たりにするカルチャーショックにもかかわらず、慈善活動の欠如。

日本の自己批判は、日本人は国際的な関心を持っていないが、彼らの国際的な人気に神経質になっているということです。

言語

18の公用語

外国語に慣れやすく、多言語主義の才能を持っ

ている英語の器用さは、人の教育と文化を評価するための基準です。共通言語(英語)による西側諸国とインド間の相互理解は容易に発達します。

コミュニケーションは、他の人が完全に理解できるように特定の言葉で表現する必要があります。直接口頭での議論が必要になる場合があります。日本の静けさはしばしば秘密主義と狡猾さとして誤解されます。
 

単一言語(話し言葉と書き言葉)

母国語以外の単語に対する最も貧弱な言語的才能。

英語は、コミュニケーションのための多くの外国メディアの1つにすぎません。日本とインドの間の文化的距離は、西とインドの間のそれよりはるかに大きいです。

言葉を使わない思考のコミュニケーション。それは「心が考えること、心が伝えること」を意味しますが、すべての外国人に効果があるわけではありません。たとえば、「考え直します」とは、丁寧なノーの言い方を意味します。

ダイエット

インド料理はおいしいですが、辛いものは気にしないが油っぽい料理は嫌いな日本人にとっては消化が難しいです。
 

多くの日本人にとって、日本食の食事は不可欠ですが、これはインドでは簡単に利用できません。インド人は、日本料理の味はあまりにも淡白で薄いと思います。

経営管理
(以下に述べる日本の特徴は、現在徐々に変化している伝統的な特徴です。)


インドの人々は個人的に動機付けられています。

個人主義的な輝き

自己主張、自立

自己は会社にとってより重要です。

聞くよりも話すことに熱心です。

他人の視点をほとんど考慮し

ないインドは自立した国内市場になるのに十分な大きさであるため、以前は、インドは手頃な価格の商品と輸出可能な余剰分のみを輸出していました。


収益性を確認すると、ビジネスマンは通常、提案の詳細な調査を行う前にコミットします。

上から下へのプロセスによる決定インドのビジネスマンの観点から、日本人との交渉は長く、曲がりくねっており、秘密主義であり、臆病であり、控えめである。


他人の努力と時間を尊重し、義務を負うことなく、より多くの情報を提供するように相手側に要求することができます。売り手の市場の歴史は、インドでの顧客志向のサービスの感覚の発達を妨げてきました。

市場の需要が低価格である場合、高品質の生産を維持することは二次的に重要です。人々の購買力が低いため、価格は品質よりも優先されます。

インドの企業は、タイムスケジュールの問題に関してより柔軟です。日本の党は、効率と生産量の基準におけるインドと日本の違いを理解していません。

人々は一般的に、非常に哲学的であることに加えて、数学的な考え方を持っています。

ルピーは1966年以降、段階的に徐々に減価償却されています。

個人は、企業をあまり気にせずに、より良い個人的利益、すなわち自己開発と自立のために転職することによってチャンスをつかむことをいとわない。
会社でのジョブローテーションは、会社
に引き起こされる可能性のある不便を助長します。





大企業の家の中のグループは、家族経営の会社でさえ、分割された家を分離する傾向があります。
個人の行動の自由を可能にする成長に資金を供給するために利益を達成します。

報酬は、ビジネスの洞察力に基づいた給与とポジションです。

公共部門ユニット(PSU)には、多くの「当局」、すなわち、Steel Authority of India Ltd.、Gas Authority ofIndiaLtd.などがあります。規制当局の設立が流行しています。

官僚エリートは、彼らのキャリアコースを政治に変えることを好まない。




大規模な郡であるため、政治的管理ははるかに困難になります。特に農村部の人口の割合が高い場合、これは多くの人々が貧困を下回っているという伝統に縛られています
。インドのビジネスマンは、礼儀としてゲストを家に招待します。
 

 


日本はグループモチベーションに基づく社会です。

チームワーク/チームワーク/チームスピリット

自尊心、自己犠牲

会社は自己よりも重要です。

話すよりも聞くことに熱心です。

他の人の視点を尊重する日本の輸出業者は、買い手が今日何を望んでいて、明日必要になるかもしれないかを常に見つけようとします:: 買い手

が買いたいものではなく、買い手が欲しいものをもっと考えてください。

コンセンサス


の結論のための下から上へのプロセス
遅延は、コンセンサスの意思決定に必要なコミュニケーションとリスニングによって引き起こされます。

相手に情報提供を依頼する前に多くの責任を負い、時間と労力を要します。日本では激しい競争がサービス意識を高めてきました。

日本の製造業者は徹底的かつ断固として顧客志向であり、日本人は価格よりも品質に妥協しないという特徴があります。

 

日本人は時間の概念に関して非常に緊張しており、業務のあらゆる面で神聖な期限を守っています。
結果指向。

商取引を除いて、人々は傭兵を計算していないふりをします。

円は最近まで急速に上昇している。

企業の忠誠心への愛着。ラインとの労働者の同一性の感覚。これは政党の議題に大きく影響します。
組織全体の利益を心に刻み、参加感のあるCOPMANY-MENをつくります。しかし、疎外された労働者は、素晴らしい企業の機械の歯車のように感じます。

グループ内の相互依存を評価するためのグループの調和


グループ精神の下での企業の無私無欲における長期的な視点と生涯にわたる教育。これはアクティブなベンチャーキャピタリストを作成しない可能性があります。

「権威」の命名は、自尊心ではなく、顧客によって推定されるブランドである可能性があります。公共部門は公共サービスのためのものであるため、PSUは権威あるイメージを反映する名前を避けるように努める必要があります。

官僚は公務員と呼ばれます。多くの官僚は政治に対して野心的または曖昧ですが、ビジネスマンは一般的に慎重であり、政治家になる傾向はありません。

島国であるため、透明性はありませんが、政治運営は国民の監視が比較的容易です。
家の外でのフォーマルな娯楽ではもっと寛大ですが、日本人がこれを行うのは少ないですが、株式を公募するための株式を提供するように奨励されています。

労働組合との労使関係

クラフトまたは産業別労働組合

インドの組合は、社会主義の伝統を持つ専門の組合員によって導かれることが多い。労働者はよく組織され、訓練されていません。ほとんどの政党には労働組合があります。

労働者は、失業の恐れがあるため、企業の自動化とリストラに反対しています。

ファストトラックを実行し、ショートカットを適応させる野心的な登山家。


終了ポリシー:国家救済基金による再配置
 
 

社内組合

長年にわたり、労使間の基本的な信頼と相互理解が築かれてきました。従業員は、勤務先の会社に関心を示します。

企業の自動化の進展に対する抵抗はほとんど


ない年功序列に基づく昇給を伴う生涯雇用システムでは、昇進は遅い。

ダウンサイジングのための離職と自主退職

大企業と中小企業

大企業と小規模産業(SSI)は法律で分離されています。アイテムの数は減っていますが、836の工業用アイテムはSSI専用に予約されています。両者が効果的に協力することはまれであり、結果としてお互いに取って代わられます。 小さなベンチャーキャピタリストでさえ創造性の精神を持っていれば、市場
がタイトであるため、投資環境はベンチャーキャピタリストに優しいものではありません 。株式市場の上場企業の数は約7300です。AirIndia はインドと日本の間で週6便を運航しています。




 

両者の間には競争と摩擦がありますが、調整は大小の企業を2層の産業構造としてグループ化し、相互に補完することによって組織されます。

規制に対する高いハードル。その上、株主は新規参入者よりも大規模な事業所を好みますが、後者は有望かもしれません。
株式市場に上場している企業の数は4600をわずかに超えてい

ます。現在、JALとANAはニューデリーへの週2便を運航しています。

外交関係

非常に多様な国であるインドに向けて、さまざまな観点からさまざまな方法で理解することが必要です。

非同盟運動の下で、インドは東と西のバランスの恩恵を受けようとしていました。しかし、1970年代、日本はインドを親ソビエトと見なしていました。


日本に対するインドの戦争時の不利な記憶はありません(東京戦争犯罪裁判におけるラダビノードパル判事の反対の判決を参照)。

インドは小さな隣人に囲まれた大きな国です。

巧妙な言い訳
日本人は、莫大な多様性を無視して、インド全体に対して統一された単一の認識を持つ傾向があります。

最近まで、インドは日本をアメリカの代理人と見なしており、独自の独立した外交政策を持っていませんでした。日本のアメリカ市場へのニーズを除けば、それはまだパズルです。

お互いにライバル関係はありません。

「島国」症候群と内気。

大量の謝罪のタクトレスな繰り返し

結論

1. インドへの心理的な距離は日本のビジネスマンを悩ませているようであり、その逆はありません。インドのビジネスマンが心理的な距離を感じたとしても、それは彼らの日本とのビジネスに影響を与えません。
2. 外国人は、日本のビジネスマンが外国からの心理的距離について最も顕著に神経質になっているという見方をしている。
3. この観察の結論は、日本人自身が上記の特性を意識し、外国人ビジネスマンと交流しながらより安心しなければならないということです。
4. それにもかかわらず、彼らの歩みの心理的距離を克服するために、日本のビジネスマンがインドと日本の間の上記の一般的な対比を心に留めておくことは有用かもしれません。結局のところ、問題の距離はほとんどであり、そのような実現は相互理解とのより緊密でより深い関係を作成します。輸送と通信を改善することにより、地理的な距離を短縮することができます。心理的な距離は、心理的な執着を残して、オープンな考え方との相互作用を通じて後退する可能性があります。
5. インドと日本の距離を特定するようにいくつかの関係者から要請がありましたが、よりやりがいのある相互利益の精神とともに、両者の違いを考えるのではなく、相乗効果についてもっと対話する時が来ました。関係。
6. 上記のリストについては、インドや日本の多くの友人からさまざまなコメントが寄せられていますので、今後、上記のリストの内容を拡大し、さらに充実させる可能性があります。ただし、おそらく上記は変更されません。

帰宅 _

 

日印関係の新黎明期

2001/11/7

1998年5月、インドはかねがね保有を懸念されていた核兵器の実験を、パキスタンとの国境を接するラジャスタン州のポカランで、強行した。

それに対抗する形でパキスタンは中国のかなり直接的援助の基に実験をやり返した。日本は、その直後のG7で橋本首相がインド・パキスタンをぺナライズする意味での経済制裁を提案した。

G7では、結局制裁の協同歩調は整わず、日本の一人相撲と言う形となり、印・パ両国に対し、日本の首相がぺナライズという言葉を使ったという事実だけがやけに印象に残る形となった。

その後アメリカを除くG7の国々は日本の危惧をよそ目に、両国との関係は特別な経済制裁を行うことなく継続された。

当地に進出している日本企業は、日本政府が一方的な制裁宣言する事によりインドとの関係が疎遠になることは、巨大市場に日本だけが出遅れおいてけぼりをくらい21世紀の大きな間違いになるとの趣旨の感想を日本側に送り続けた。

昨年8月に訪印した森首相は、在印日本人の危惧を和らげるかの様に、制裁解除を除きあらゆる点で日印関係の重要性を強調し、両国の関係を「21世紀似おけるグローバルパートナーシップ」とまで謳いあげて、インドでの点数を稼いだ。

それに答える形でバジパエ首相が本年の2月訪日を予定していたが、グジャラト州の地震で訪日は延期となった。インド政府は日本の地震に対する援助を快く受け入れた。

そこヘ、今回のアメリカのテロ騒ぎが起こり、印パ両国の支持が欲しいアメリカは制裁解除に踏切った。日本政府も早くから制裁解除に踏切る構えを見せたが、田中外相と自民党の外交委員との軋轢もあり、かなりの時間がかかることとなった。

政治的なセンスでは定評のある、小泉首相は、インドに人気のある森前首相に制裁解除の使者をお願いした。

森前総理を迎えるインド政府は、大歓迎で昼食会まで考えた。しかし、民間のマスコミは日本の一人相撲が終わったとの皮肉な報道をしたところもあった。

バジパエ首相は森前総理の訪印もあり、12月7日から11日までの訪日を正式に決めた。

8日に大阪、10日に東京での公式日程をこなす。この首相の訪日に会わせて、インド商工会議所連盟のメンバーをはじめとする経済界のVIPも訪日する。ようやく日印間にかかっていた気になる雲が晴れた感じがする。両国間にあったいやな小骨が取れたと表現する人もいる。

来年は、日印修交50周年である。両国政府はそれなりのイヴェントを考えている。元首の相互訪問も噂されている。まさに新たな日印関係をはじめるのに、絶好の機会といえる。

日本の企業にアンケートを取ると、長期的にはインドは中国につぐ重要市場であるとの結果が出るが、短期ベースでは7から8番目にインドが登場するのみで、従いインドへ進出を考える企業は、長期的な視野を持ったところに限られている。例えば、トヨタ、ホンダ、自動車関係部品メーカー、旭硝子、味の素、YKK、日新(ラーメンの)などである。

この辺りで、そろそろ他の分野でもインドを中心に考えることをはじめてはどうかと提案する。インドは世界経済に左右される面と、インド独特の経済世界を持つ独特な国であり、やり様によっては今が進出の絶好の機会といえる。機は熟している。

 

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新しい日印関係

2001/8/31

 80年代後半にはじけた、バブルの後始末がようやく日本では終わり、日本企業は21世紀に向かって、その青写真を作り始めている。その1つが改めて、海外進出の必要性の再認識と言われている。将来の進出先として日本企業をアンケート調査すると、10年~20年の長期的な関心では、中国についてインドが2位に位置している。しかし、短期的な関心を問うと、インドは中国、マレーシア、タイ、インドネシア、ベトナム、フィリピンよりも後ろにランクされる。結果昨年は対中国に比べ10分の一以下である。
日本の海外投資に関して、今リストラ完了後の2台目のバスが出発しようとしている。このバスにインドが乗り遅れないようにするには如何したら良いのであろうか。

 先ず第1に提案したいのは、インドが儲かる市場であるとの認識を世界に知らしめることである。中国に日本企業を初めとする世界の企業が進出するのは、中国進出が儲かるからである。そう言う意味ではエンロンのケースはインドを宣伝するためには大変なマイナスになっている。

 第二に提案したいのは、新しい日印関係を作る必要性がある点である。

長期信用銀行は2000年初めに経営破綻が確定的となり、二月初めにニューLTCBパートナーズ社に買い取られる事となった。ニューパートナーズ社は、CEOとして元CITIコープの八城基政氏を送り込んだ。
 
 八城氏は出身のCITIコープから相当量の人材を連れて乗りこみ、聖域無き改革を進めて来ている。CITIからの進駐軍団の中にインド人が約100名いる。また営業関係のナンバー2はインド人であるという。彼はアメリカで教育を受け、CITI現場訓練を積み、所謂インド人臭さは全く無く、アメリカ人を思わせる立ち居振舞い思考方法をしていると言う。アメリカ人になりきっていると言う。しかも日本で約1年磨きをかけ日本人の気をそらさず、上手に扱う術を身につけているという。

 CITIはそのコンピューター関連の開発については、インドのNucleus社に依頼していた事もあり、新生銀行のソフト開発はインドのNucleus社に殆どを任せる事となった。その結果、Nucleus社は選任の30名のインド人を張りつけることとなった。バンシル氏は約1年半日本に滞在し片言の日本語を話すようになった。日本人との商売は英語での対応を余儀なくされるが、話してるうちに対応する日本人は全く外人と話している違和感が無くなるほど、彼は日本人の気持の動き、気にする点をカバーしていると言う。インド人ではなく日本人になりきっていると言う。

 ソニーは7月の初めバンガロールでのソフト会社を新事務所に移転しその披露を行うため、社長と愛甲顧問がバンガロール入りをした。ソニーのソフト会社はいずれも日本人無しで、インド人がCEOであるという。愛甲氏によれば、顔はインド人であるが考え方は全くアメリカ人と言おうか、国際人の発想で仕事をやり対応もしている。

 今三つの例を挙げたが、共通点がある。

 先ず第1に当該のインド人が若い事が挙げられる。現在のインドの所謂日本通、また日本のインド通の日本人は偉くなりすぎ年を取りすぎている。その人達が相変わらず両国に関する古い知識にや経験に基づいて対話や話合いを行っている。古いデータに基づいた話には日本側も乗ってこない。

 第2は、この三つの例はインド人が相手にインド流を押しつけていない点である。アメリカにいるときにはアメリカ人以上にアメリカ的に考え、日本にいるときには日本人以上に日本人的に振舞っている。そして、最も重要な点は、アメリカではアメリカ人を扱う方を身につけ、日本では日本人を扱うやり方を身につけたことである。アメリカで成功したインド人はインド流を決して強要しなかったし、そんなものはアメリカでは通用しなかった。インドのバブーをアメリカで押し通そうとしたインド人は成功しなかった。優秀な役者でもあるインド人はインド人の素養を基礎的には保有しながらアメリカ流を見につけた。優秀なインド人にはこのような二重構造を使いこなす素養は充分あったといえる。インド人の基礎的な素養の重要な部分は、少なくとの二つ以上の言葉を苦も無く身につけ、異文化とうまく折合いをつけて接触出来る訓練を生まれながらつけている点である。新世代は、インド流は世界で通用しないと喝破し、国際人に脱皮した。新インド国際人の登場である。

 第3は、この人達は働く事が飯より好きな人達である。日本人がワーカホリック呼ばれた時代があったが、新インド人がそれと呼ばれる資格がある。サボる事が美徳のごとく言われたインド人の慣習が変わった。

 このような新しいインド人が輩出して、インドの新生経済を動かし初めていることを日本側は認識する事が肝要である。このような、新インド人はIT関連に多いことは事実であるが、ニューデリーを中心とした北インドの自動車部品会社の2代目社長達にも少なくない。恐らくバンガロール、チェンナイにもいるであろう。

 このような新インド人と日本の若い経営陣と実際的な接触が始まる事を期待したい。それなくして新しい日印関係は構築されないであろう。その新しい日印関係が日本のインド進出に拍車をかける一助となろう。

 

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米国IT産業のかげりの影響

2001/5/15

昨年末からインドの労働市場に変化が見られる。昨年の10月デリーにある日本企業から「エンジニア-が会社を辞めたいと言い出して困っているがどうしたらよいだろうか」と相談を受けた。操業間もない企業にとって、せっかくなれた技術者が転職を申し出てくるとその周囲に対する影響もあり、不安にならざるを得ない。相談を受けたが、転職を考えるインド人を引き止めることは出来ないので、気持ちよく送り出してはどうか。くよくよせずに、あとは新規採用することを考えるほうが実際的ですよと、アドバイスを行った。今年になってどうなったかを確かめたところ、アメリカ行きを考えていた彼のプロジェクトは立消えとなり今まで通り働いているとのことである。

日系のソフト会社の若き経営者の経験談として、彼が信頼していた技術者から飛行場より電話が入り「これからアメリカに行きます、給与の残りは口座の方へ振り込んでください。」との捨て台詞で会社を辞めた例を聞いたことがある。しかし、今、当地の雑誌に紹介されているのは、ある晴れた日の朝、希望に燃えたバンガロールのソフト開発会社に勤める若いカップルがアメリカ行きの切符をもらいに担当重役室に行くと、「残念ながら君たちにやってもらうアメリカのプロジェクトはキャンセルされた故会社を辞めてもらう。」と言われたというような類の話しである。

これらのケースは特殊の例ではなく、現在のインドのIT技術者たちは、アメリカIT産業のかげりの影響をもろに受け、その結果ジョブホッピングが極端に少なくなって来ている。この影響はコンピューター学校にもあらわれている。今まではアメリカの就職先が要求するであろうと思われるコンピュータートレーニングを自費で2万(5万円)~10万ルピー(25万円)払い受講していたが、今は、中小のコンピューター学校が、学生に研修終了後の就職の保証をしなければ受講生が集まらない状況になって来ている。ある程度の技術水準があれば誰でもが渡米して自分のアメリカンドリームを実現できた昨年中頃までと大幅な変化である。

インドのソフトウエア-輸出の6割強がアメリカ向けであったが、ここに来てアメリカだけを市場と考えるのはリスクが大きいと判断する大手ソフト開発会社が増えている。

大手のソフト開発会社の経営陣はアメリカ一辺倒の方針に危惧を抱き始め、第二の市場である日本向けを重視し始め、30社以上が日本に事務所を開設したのはかなり前である。しかし、現場の技術者達は日本向けの仕事を嫌っていた。ある一定期間にあげられる結果はアメリカ向けと日本向けでは大差で、日本向けは言葉の問題を含め、アメリカ向けほどの数字を挙げることが出来ないとされ、結果会社の評価を受けられないと嫌われていた。従い日本向けの仕事を命じられた技術者たちの中から結果を評価してもらえるアメリカ向けの仕事を求めて転職者が頻発し、事実そのような仕事に高給で転職をするのが一つの風潮でもあった。現在は会社が命じる仕事をこなす姿勢に変化していると言う。

インド政府のIT諮問委員会は、今度のアメリカのIT不況を必ずしもインドにとって不利には働かないと分析している。アメリカがITのコストを下げようとすれば、オフショアーでコストの安いインドを使わなければならないと分析している訳である。しかし、今までのような疑問のない右肩上がりの成長が期待できないのは事実で、試練の時にインドIT産業は遭遇していると言える。

日本にとっては、今回のインドとアメリカとの間で起こったIT不況騒ぎはインドのIT技術者の目を日本に向ける絶好の機会と言える。ビジネスライクでないと悪評のある日本式のソフト開発の外注をインドはこなす必要に迫られており、技術者も会社の与える仕事を逃げる訳には行かぬ状況に置かれるわけである。

 

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最終更新日: 2009/10/05

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